NPO日本移植支援協会

専門家の意見

和田 基 先生

東北大学大学院医学系研究科外科病態学講座小児外科学分野
東北大学病院総合外科(小児外科)
和田 基 先生


2022年

「小腸移植の現状」(2022年記事)

東北大学病院で小腸移植を担当している和田 基(もとし)です。本年7月より東北大学大学院医学系研究科外科病態学講座小児外科学分野教授に就任しました。 2010年の臓器移植法改正により小児脳死ドナーからの臓器提供が法的に可能になり十余年が経過しました。2019年には18歳未満のドナーからの臓器提供は19例(うち脳死下は18例)まで増加し、ようやく日本でも小児ドナーからの臓器提供への理解が得られるようになってきたと思っていたのですが、コロナ渦の影響で2020年以降の提供は低迷しています。

コロンビア大学加藤教授の講演によると米国ではCovid-19により日本よりもはるかに大変な状況に陥ったのにも関わらず、臓器提供数はすぐに回復しコロナ渦以前よりも増加しつつあるとのことです。米国では臓器移植は止めてはならない医療との認識が浸透しているためではないかとのことでした。 日本では今なお被虐待児、知的障害児からの臓器提供が禁止されています。これはよく考えるととてもおかしなことで、知的障害児については知的障害児に対する差別でしかありませんし、児童虐待は深刻な問題ですが小児の臓器提供とは全く関係のない問題です。

臓器提供により虐待の証拠が隠蔽されることはあり得ませんし、被虐待児からの臓器提供を禁止することで児童の人権を守ることにはなりません。臓器移植法改正から十余年が経過し、ようやくこのおかしな法律を見直そうという動きがあるそうです。 私たちは最近、小児脳死ドナーからの小腸移植を2例行いました。新聞記事によればこの小児ドナーの一人は「周りを喜ばせること、人を笑顔にすること」が大好きなお子さんだったそうです。

その「笑顔」は確実に私たちの患者さんの元に届いており、私たちは「笑顔」を届ける責務を果たすことができたと思っています。 小児ドナーからの臓器提供の少ない日本国内において実施困難な移植の一つに肝臓-小腸移植、多臓器移植があります。腸が短いあるいはうまく働かない患者さんは静脈栄養と呼ばれる点滴での栄養補給が必要なのですが、特に小さな小児の患者さんはこの静脈栄養の影響で肝臓も移植が必要なほど悪くなってしまうのです。私の知る限りこうした移植が必要な6名の患者さんがこれまでに海外での渡航移植を受けています。

肝臓-小腸移植、多臓器移植はかつて小腸移植全体の2/3を占めていたのですが、近年、特に小児の肝臓-小腸移植、多臓器移植は減少傾向にあります。魚油からつくられた脂肪乳剤の点滴がこうした患者さんの肝機能障害に有効であることがわかり、広く使われるようになったためです。この薬剤は日本国内では未承認で、私たちはこの薬剤の小児を目指した医師主導治験を行うため準備を進めています。 これからもこどもたちに笑顔を届ける仕事を続けていきたいと思っています。これからも笑顔への支援をお願いします。



「小腸移植の現状」(2010年記事)

本年9月の第12回国際小腸移植シンポジウムで公表された国際小腸移植登録の報告によると、世界79の施設で、これまでに2611回の小腸移植が施行されています。全症例の約6割 を18歳未満の小児症例が占めていますが、この割合は、後述の小児腸管不全治療の成績向上により、若干減少傾向にあります。 小腸移植の短期成績は他の臓器移植と比べ遜色のないものとなっていますが、中長期の成績、特に小腸単独移植の成績向上が今後の課題と考えられています。

国内の小腸移植は、脳死ドナーからの臓器提供数が少なく、小児脳死ドナーからの臓器提供がこれまで認められていなかったことなどから、生体ドナーからの移植が多く行われていました。しかし最近は脳死ドナーからの移植が主流となっており、改正臓器移植法施行以後さらに症例数も増加しています。

脳死ドナーからの移植12例のうち7例は19歳以上の成人症例、残る5例は6歳〜18歳の年長児〜若年症例で、6歳未満の症例に対する小腸移植は日本国内では未だ行われていません。原疾患は生体小腸移植後の再移植が3例、ヒルシュスプルング病類縁疾患、慢性特発性偽性腸閉塞症などの腸管運動機能障害が6例、短腸症候群が3 例でした。短腸症候群に伴う肝不全に対し、生体肝移植後に脳死ドナーからの小腸移植を施行したものが最近2例あり、脳死ドナーからの臓器提供の未だ少ない国内において、肝不全を来した腸管不全症例に対する現実的な対応、選択としてしかたがない側面もありますが、欧米であれば脳死ドナーからの肝臓-小腸同時移植が第一選択となる症例と考えられます。

生体小腸移植も含め、年長児あるいは成人の腸管運動機能障害症例が多いことが最近の傾向です。最近8年間に行われた小腸移植の15例中14例が生存していますが、10歳未満の小児に対する小腸移植は行われていません。

新生児期に発症する短腸症候群の頻度は10万人の出生あたり24.5例で、その多くが主に肝不全や敗血症のために死亡すると報告されています(日本国内での腸管不全の発症頻度、死亡率は調査中)。腸管不全に関連した肝障害は様々な要因が関与していると考えられていますが、最近、ω3系脂肪酸の豊富な魚油由来の静注用脂肪製剤を使用することにより、肝不全が劇的に改善することが報告されています。魚油由来静注用脂肪製剤は米国でも未だ未承認の薬剤で、現在ボストン小児病院を中心に臨床治験が行われています。国内でも薬事承認を得るべく、日本外科学会より医療上の有用性の高い未承認薬・適応外薬の要望に応募しており、できるだけ早期の承認が期待されます。

小腸移植は他の臓器移植とくらべ。その症例数が少ないことなどから、他の臓器移植がすでに健康保険適応になっているのに対し、いまだ健康保険の適応となっていません。ようやく本年の8月より脳死小腸移植、10月からは生体小腸移植移植が先進医療となり、免疫抑制剤タクロリムスの保険適応に小腸移植が追加されました。しかし先進医療のままでは自立支援医療制度などの公的医療補助制度が適応されないなど、手術と術後管理には高額の医療費がかかり、依然として患者の大きな経済的負担となっています。

静脈栄養への依存度の高い重症腸管不全に対しては、小腸移植の適応と時期を念頭においた管理が必要となります。しかし、腸管不全例の予後を正確に推定することは困難で、小腸移植の適応とその時期を判断することも必ずしも容易ではありません。欧米でも移植施設に紹介される段階で、すでに末期の肝不全や重篤な静脈栄養の合併症をきたしている症例が多く、治療戦略の選択の幅を狭め、移植待機中の死亡率も高いことが問題となっています。腸管不全の治療において、栄養管理、内科的・外科的治療を積極的に行い、静脈栄養への依存度や合併症を軽減するとともに、小腸移植も含めて包括的・総合的に行う腸管機能回復支援プログラムという概念が提唱され実践されています。

腸管不全に関連した肝障害が進行し、肝不全に陥った場合には、肝臓−小腸移植あるいは多臓器移植が必要となります。腸管不全治療の進歩によりその割合は減少傾向にありますが、これらの方法でしか救命できない症例も常に存在します。とくに幼少児のレシピエントでは、腹腔容積の制限から、レシピエント/ドナーのサイズマッチを考慮しなくてはならず、多くの場合、小児脳死ドナーからの移植が必須となります。本邦では、小児の脳死ドナーからの移植が法的に認められていなかったため、小児、特に乳児例に対し肝臓-小腸移植あるいは多臓器移植を行うことはきわめて困難です。このため、本邦のこのような患者は海外への渡航移植に頼らざるをえず、これまでに数例の小児腸管不全患者が、海外に渡航して移植を受けています。

改正臓器移植法の施行に伴い脳死ドナーからの臓器提供数は増加しましたが、10歳未満のドナーからの臓器提供は未だ行われていません。小児脳死ドナーからの臓器提供や移植医療の必要性、重要性を正しく、広く周知するための啓蒙活動や小児救急医療体制の充実を図ることが大切ですが、これに加えて小児症例に対する肝臓-小腸移植あるいは多臓器移植への技術面、制度面での対応を検討、整備することが重要と考えています。

また改正臓器移植法では虐待死児童や知的障がい者からの臓器提供を認めないことになっていますが、こうしたことが本当に子供や障がい者の権利を守ることにつながっているかどうかについては検討を要すると考えます。臓器提供が崇高な人類愛に根ざした行為であり、この行為自体が権利であるという価値観からは、現場は正反対な法規制になっているという見方もできます。勿論、脳死移植をどのように位置付けるかを一方的な価値観から決定することはできず、国民の意識、倫理観、宗教観なども絡む事柄であることから拙速になってはいけませんが、目の前にある救われるべき命がみすみす失われているという現実から目を背けることなく、真剣に議論しコンセンサスを得る努力を続けなくてはなりません。

このような観点からも、脳死や臓器移植に対する理解が得られるよう正確な情報を提供するとともに、小児の脳死ドナーからの臓器提供に関連するあらゆる問題点を解決すべく、最大限の努力払うことがわれわれの使命と考えています。 (H24.2)

Back