NPO日本移植支援協会

専門家の意見

末松 義弘 先生

筑波記念病院心臓血管外科
(部長)/東京大学医学部心臓
外科非常勤講師
末松 義弘 先生

本邦では1997年10月「臓器移植法」が施行されたことにより、心臓停止後の腎臓と角膜の移植に加え、脳死からの心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸などの移植が法律上可能になりました。その1年半後、法案成立後初の心臓移植が施行されましたが、絶対的なドナー不足のため、その後も国内では年数例の心臓移植しか行われていませんでした。そのため、心臓移植の適応患者さんが待機中に死亡することも珍しくなく、多くの患者さんが海外での渡航移植を受けざるをえない状況です。しかも2008年に採択されたイスタンブール宣言により、移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植推進が提言され、さらに2010年5月のWHO総会にても臓器移植目的の渡航の自粛を求める指針が採択されました。今後、渡航移植も困難になってくることが予想され、日本での心臓移植を本格的に推進しなければいけません。

そのような背景のもと、2009年の法改正により、2010年1月17日からは臓器を提供する意思表示に併せて、親族に対し臓器を優先的に提供する意思を書面により表示できることになりました。また2010年7月17日からは、本人の臓器提供の意思が不明な場合にも、家族の承諾があれば臓器提供が可能となり、15歳未満の者からの脳死下での臓器提供も可能になりました。これにより国内での移植が大きく推進することが予想されてはいますが、渡航移植に頼らない医療の実現にはまだまだほど遠いのが現状です。

日本でドナー不足にはいくつか理由がありますが、札幌医大で行われたいわゆる"和田移植"に対する社会的な不信感に加えて、文化、宗教的な背景のため脳死という概念が国民的な理解を未だ得られていないことが挙げられます。今までの法律では、臓器提供の時に限って、脳死を人の死とするとなっていましたが、今回の改正法は脳死は人の死とすることが前提となっており、日本人の死生観および人の死の定義について大きく踏み込んでいます。

臨床現場において、脳死を人の死とすることにまだまだ社会的コンセンサスは受け入れられていないと感じますし、脳死の基準も不明確なまま先の見えない治療が漫然と続いています。ここで大きな問題は、日本のほとんどの医師は移植医療という治療の選択肢を日々の診療の中で意識さえしない、ということです。「やっかいな事に足を突っ込みたくない」「余計な仕事を増やしたくない」との理由から、患者や患者家族に対して脳死という言葉さえ出さない医師がほとんどです。医療従事者がまず脳死および移植医療の理解を深めることこそが、社会的に理解を得るまずは第一歩であると考えます。そのために国や学会は、まず医師・看護師・コーディネーターなど医療従事者や医学生などへの教育を率先してやらなければ改定法が施行されてもドナーは決して増えません。さらに、臓器提供の現場となる救急医療の充実や、臓器を提供する家族への支援体制の強化も重要です。

近年は欧米でも心臓移植希望者数に比して移植症例数は限られています。 移植大国のスペインでさえ渡航移植される例があるようです。移植待機中に心不全が憎悪した場合, ドナーが現れるまでの間, 人工心臓が必要となることが少なくありません。一方で、わが国で施行された心臓移植95例(平成23年2月末)のうち、86例(91%)の患者さんが人工心臓からのブリッジ移植であり、更に人工心臓に依存している時間は2年を越えて来ています。したがって、心臓移植と人工心臓の治療をひとつの医療体系として考える必要があります。現在、日本で移植可能施設は限られていますが、人工心臓の治療を行う施設の限定はされていません。つまり、通常の心臓手術を行っているような施設では、実はどこでも人工心臓の治療を行うことが出来ます。

しかしそれをやらないのは、手術の経験がある医師がいない、治療に非常に手間がかかる、移植までの待機期間が長いために長期に患者さんがベットを占有してしまう、からです。一方で、いままで国内で保険医療として使用できた人工心臓は材質も性能も劣る体外式の時代遅れのものでした。平成23年3月1日にようやく新しく2機種の日本製補助人工心臓が保険医療として使用できることになりましが、残念なことに学会はそれを使用できる施設を厳しく制限しました。国全体で移植医療を推進していこうというところで、今度は学会がそれに対して水を差すようなことになってしまっています。さらに、補助人工心臓を装着した患者さんがいる病院を移植施設がバックアップするという体制も確立していません。将来、移植医療を普及させるためには、われわれ医師は先に述べたような医療スタッフの教育・啓蒙だけでなく、それを支える人工心臓の治療を含めた新しい医療基盤を作る必要があると考えます。(H23.7)

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