東北大学大学院 |
我が国において生体肝移植は2004年の12月末日までに約2600例が施行されています。健康な人にメスを入れることで成り立っている生体肝移植ですから、肝臓の一部を提供したドナー方々の健康については当然のことながら十分に配慮がなされるべきです。しかしながら、現実にはレシピエントの予後や成績に関心が集中するあまり、生体肝移植を支えてきた一方の当事者がおろそかにされていた感があります。
「死なさない 絶対に!!」―生体肝移植を選んだドナーと家族の葛藤―は実際にドナーとして肝臓の一部を提供した中津洋平さんが書かれた本です。家族愛の究極の姿としてとらえられ、一見、誰もが疑念を挟むことなく進められている生体肝移植にも、移植に至る課程には家族内で葛藤や逡巡、自責の念等の様々な迷いがあることが丁寧に描かれています。生体肝移植を進めてきた一移植医としては、複雑な思いを抱かずにはおられない内容でした。
一昨年に肝移植研究会が各移植施設からのデータを集積した結果からは、ドナーの皆さんには医学的な身体上の合併症だけでも約10%強あることが明らかになっています。これに手術前後の精神面や心理的な要素を加えると、合併症の頻度は更に上がることは間違いありません。また、昨年には生体肝移植ドナーの死亡例も報告されました。肝移植研究会ではこの事態を重くとらえ、生体肝移植ドナーの実情を、心理面や精神面を含めて総合的に把握するための調査を実施することになりました。
今回の調査では、調査の客観性を保てるように、アンケート内容を決める段階から心理学や社会学の専門家、ドナーの皆さんにも討議に加わって頂き、出来るだけ本音の部分が聞ける内容になるよう心がけたつもりです。また、調査用紙の回収と分析は、移植施設とは独立した専門家の手に委ねることにしました。調査の結果が今後の医療のあり方に反映され、インフォームドコンセントの充実やドナーの皆さんのケアー体制に生かされることを期待しています。
生体肝移植と脳死肝移植は車の両輪にたとえられてきました。この肝移植における生体と脳死の関係は、同様に生体からの移植が可能な腎移植や肺移植にも当てはまります。本来、この両輪は同じ大きさ、スピードで回ることを求められていました。しかし我が国ではいずれの移植においても片方の車輪だけがあまりにも大きくなり、それ故の弊害も大きくなる可能性がでてきております。生体からの提供による臓器移植には、その陰で大きな犠牲を払っているドナーの存在のあることを忘れることなく、もう一方の車輪―脳死からの臓器提供―を大きくするよう、今一度努める必要があると考えています。