北里大学医学部 2017年 |
北里大学医学部 2017年 |
移植医療とこころ
臓器移植に、こころの医療を専門とする精神科医が関係することを不思議に思われる方がいるかもしれない。筆者らの所属する北里大学病院では、腎移植においてドナーとレシピエント双方にできるだけ精神科医が面接し、相談にのり、気持ちの交通整理を手伝えるようにしている。
移植を必要とする患者さんは、移植に至るまでの医療の中で、腎疾患による急激な体調の変化と慢性的な経過の両方を経験し、すでに様々な心理的変化が現れていることが多い。移植が決まると、腎移植のように、生体間でかつ相手のことがわかっている場合でも、レシピエントはドナーに対し「自分のために負担をかけてしまい申し訳ない」、ドナーは「自分の検査の結果で、移植ができなかったらどうしよう」などと感じやすい。「自分はこのまま(血液透析)でもいいのだけれど、周囲が『(臓器を)あげてもよい』と言うから」というレシピエントや、「自分の不摂生でこうなった人に、喜んで提供できる気分でもない」というドナーの言葉を聞いたこともある。手術が近づけば、術後の心身の状態に対する不安が生活全般の意欲低下や移植への意志の揺らぎにつながっているように見えることもある。臓器移植に携わる医療者は「当事者には様々な思考、心理がある」ことを理解し、それらを尊重して医療を進める必要があるというのが実感である。
精神医学の一分野に「リエゾン精神医学」がある。リエゾン精神科医は、身体疾患の方の精神面の問題や、精神疾患を有する方の身体症状や身体疾患の治療に、身体科の医師と連携の下、積極的に加わっている。心身医学は明らかな身体疾患がある方で、その身体症状が環境のストレスの程度によって消長する場合が対象であるので、リエゾン精神医学の一部であるともいえる。こころの問題ということで、心理士を雇用している総合病院もあるが、身体疾患患者の精神症状では、疾患や薬剤の脳への影響が関係していることも多く、心理士単独では対応が難しい。
リエゾン精神医学の中の、より専門領域として、サイコオンコロジー、サイコネフロロジー、サイコカ-ディオロジーなどがあり、身体科の医療スタッフとの連携の下で成り立っている。リエゾン精神医学が日本に紹介された初期には、手術後や高齢の身体疾患患者さんにみられる「せん妄」と呼ばれる著しい混乱状態が主な対象であったが、最近は身体疾患やその治療という心理的ストレスにどう対応するかという、誰でも経験するであろうこころの問題が課題となることが多い。サイコネフロロジーでも、初期には透析不均衡症候群や透析患者のむずむず脚症候群などと言われる病態が問題となっていたが、近年は慢性の腎疾患や透析を続けることの心理的ストレス、社会機能をどう保つかなどがよく議論される。
かつての精神医学では精神科固有の疾患が対象となったが、近年は誰でも経験するような心理的ストレスによる不安感やゆううつ感へのアドバイスが精神科医の課題となってきたともいえる。私のような精神科医の立場から言えば、「どうぞこころの問題を何か感じたら、精神科医に相談してみてください。何か役に立つアドバイスをくれるかもしれません。どうかもっと精神科医を利用してください」である。移植医療の進歩とともに、今後精神科医の活動も変わってくるであろうが、どんどん相談していただくことが移植医療に関する精神医学の発展につながると考えている。